競技に全力を注いできた人ほど、引退後に待つ社会の見え方に戸惑うことがあります。
今回は、なぜ “競技以外の世界を知らないまま社会に出ること” が不安やつまずきにつながるのか、その背景と備え方を考えてみたいと思い、書きました。
目次
- 引退後に苦しくなるのは、外の世界を知らないまま進んでしまうから
- いま日本でも、“現役中から社会を知ること”の必要性は確実に高まっている
- 競技の世界に長くいると、社会の当たり前が見えにくくなる
- 社会を知らないまま引退すると、まず比べる基準が持てない
- アスリートほど “知らないこと” を恥ずかしいと感じやすい
- キャリア教育が必要なのは、“就職先を決めるため” だけではなく、“社会を見る目” を育てるためでもある
- 競技の先で自分を守れる人は、“競技しか知らない人” ではなく、“競技の価値を社会につなげられる人” なのだと思う
1. 引退後に苦しくなるのは、外の世界を知らないまま進んでしまうから
競技を続けていると、目の前のことに全力を注ぐ毎日になります。
練習、試合、遠征、治療、調整。
その積み重ねの中で、自分の時間も、意識も、自然と競技中心になっていきます。
だからこそ、引退後のことを考えたとき、急に足元が不安定になることがあります。
社会に出たら、自分はやっていけるのだろうか。
会社で働くとは、どういうことなのだろうか。
競技の世界では通じていた感覚が、外でも通じるのだろうか。
こうした不安を抱くのは、決して特別なことではありません。
そして、その不安の正体は「自分に能力がないから」ではなく、競技以外の世界を知る機会が少ないまま、ここまで走ってきたことにある場合が少なくありません。
私は、アスリートのセカンドキャリア支援に関わる中で、この点がとても大きいと感じています。
実力がないわけではない。
価値がないわけでもない。
ただ、社会の仕組みや働き方、仕事の選び方に触れる機会が少なかった。
その結果、引退後の景色が見えにくくなっているのだと思います。
人は、見えないものに不安を感じます。
それは弱さではなく、自然な反応です。
私が今回の記事で最初に伝えたいのは、「その不安は、ごく自然なのだ」ということです。

2. いま日本でも、“現役中から社会を知ること”の必要性は確実に高まっている
少し前までは、現役中に引退後のことを考えるのは、どこか後ろ向きに見られやすかったかもしれません。
でも今は、その考え方が変わり始めています。
スポーツ庁は、アスリートには引退後も見据えた人生設計が必要であり、そのためには現役時代からのキャリア形成が重要だと明確に示しています。2025年の「Athlete Career Challenge カンファレンス」でも、「競技の枠を超えてアスリートと共に考えるアスリートの未来」が掲げられ、アスリート自身が自分の未来を考える機会の必要性が発信されました。
◆参考:スポーツ庁 Web広報マガジン|DEPORTARE+1
つまり、社会を知ることは、競技への集中を妨げることではありません。
むしろ、引退後の不安を小さくし、今をより落ち着いて生きるための準備になってきているのです。
3. 競技の世界に長くいると、社会の当たり前が見えにくくなる
ここは、とても大切な視点なのですが、
競技の世界には、競技の世界ならではの当たり前として、時間の使い方も、食事も、睡眠も、コンディションも、競技に合わせて組み立てられます。
スポーツ界で長く生きてきたアスリートにとって、一般社会の当たり前は、実はかなり違って見えるのではないでしょうか。
会社では、努力がそのまま評価されるとは限りません。
結果よりも、過程の共有や周囲との調整が重視されることもある。
正しさだけではなく、伝え方や関係づくりが問われることもある。
しかも、職場ごとに文化が違います。
だから、競技しか知らないまま社会に出ると、「自分が通用しない」のではなく、ルールの違う場所に地図なしで入っていくような戸惑いが起こるのです。
スポーツ庁の委託事業報告でも、トップレベルのアスリートほど競技成績向上が中心になり、スポーツ界以外との関係が薄くなりやすいこと、またトップアスリートに向けたキャリア教育環境やモデル事例・情報が不足していることが課題として示されています。
◆参考:文部科学省
知らなかったことは、恥ではありません。
それだけ競技に打ち込んできた証でもあるからです。

4. 社会を知らないまま引退すると、まず比べる基準が持てない
社会に出るときに本当に困るのは、「仕事がない」ことだけではありません。
もっと手前にあるのが、比べる基準が持てないことだと思います。
この職場は自分に合うのか。
この働き方は続けやすいのか。
この条件は良いのか、厳しいのか。
相談しやすい環境なのか。
長く働ける場所なのか。
こうしたことは、知らなければ判断しにくいです。
その結果、「たまたま知っていた仕事」「たまたま声をかけられた道」だけで決めてしまいやすくなります。
私は、ここに大きなリスクがあると思っています。
選択肢が少ないことより、選ぶための物差しがないことのほうが、あとから苦しくなることがあるからです。
スポーツ庁関連の報告書でも、アスリートのキャリア形成支援に積極的に取り組む競技団体はまだ多いとは言えず、現役時のアスリートへ効果的にキャリア形成支援を行う支援者が不足していると整理されています。
支援が必要な人に、必要な情報が十分に届いていない現実があります。
◆参考:文部科学省+1
つまり、社会に出るリスクは、「競技しかしてこなかったこと」そのものではありません。
社会の見方を教わらないまま外に出てしまうことにある、と言えるのではないでしょうか。
5. アスリートほど “知らないこと” を恥ずかしいと感じやすい
アスリートには、本当は分からないことがたくさんある。
でも、まじめなアスリートほど、それを言い出しにくい。
社会のことを知らない自分を、どこかで恥ずかしいと感じてしまうからでしょう。
けれど私は、それは違うと思っています。
知らなかったのではなく、知る機会が少なかっただけではないでしょうか。
触れる時間が少なかっただけ。
そう考えたほうが、ずっと自然です。
私自身も、役割を失ったときに、自分の見えている世界が急に狭く感じた経験があります。
そのときに強く思ったのは、人は自分が知っている世界の中だけで未来を考えると、どうしても可能性を小さく見積もってしまう、ということでした。
でも、外の世界と少しつながるだけで、見え方は変わります。
道は急に増えるわけではなくても、「こんな考え方があったのか」と気づけるだけで心が軽くなることがあります。
だから私は、アスリートに社会を知ってほしいと願っております。
競技の価値を下げるためではなく、競技の価値を次の人生につなげるために。
資料にも、人は物語や共感によって「自分のこと」として受け取りやすくなるとあります。だから私は、支援者としての知識だけでなく、実感として伝えたいと思っています。

6. キャリア教育が必要なのは、“就職先を決めるため” だけではなく、“社会を見る目” を育てるためでもある
キャリア教育という言葉を聞くと、就職活動の準備のように感じる人もいるかもしれません。
でも、私はもっと広いものだと思っています。
世の中には、どんな働き方があるのか。
自分の強みは、競技の外でどう活きるのか。
会社を見るとき、何を基準にすればいいのか。
人と働くとはどういうことか。
自分が無理をしすぎないためには、どんな職場を選べばいいのか。
こうしたことを知る力も、立派なキャリア教育です。
つまり、キャリア教育とは、就職先を決める技術だけではなく、社会を見る目を育てることでもあると思っております。
この視点があるだけで、引退後の景色はかなり変わります。
見えない世界に飛び込むのではなく、少しずつ理解しながら進むことができるからです。
7. 競技の先で自分を守れる人は、“競技しか知らない人” ではなく、“競技の価値を社会につなげられる人” なのだと思う
最後に、どうしても伝えたいことがあります。
競技しか知らないことは、悪いことではありません。
それだけ真剣に、人生をかけてきた証です。
でも、その価値を次の人生につなぐには、社会を知ることが必要です。
社会を知ることは、競技を裏切ることではありません。
競技の時間を否定することでもありません。
むしろ、ここまで積み上げてきたものを、引退後の人生にも活かしていくための準備です。
今からでも遅くありません。
現役の時に、ほんの少し外の世界に目を向けるだけで、見え方は変わります。
将来の不安がすぐ消えるわけではなくても、「知らないままでは終わらせない」と決めることはできます。
私は、アスリートのセカンドキャリア支援とは、仕事を紹介することだけではないと思っています。
競技の価値を、社会の中でもちゃんと生かせるようにすること。
そのために、現役のうちから “競技以外の世界” を知るきっかけを届けること。
それが、とても大切だと感じています。
もし今、将来が少し不安なら。
その気持ちを抱えたままでもいいので、社会を知る一歩を踏み出してみてください。
その一歩が、あなたの未来を守る力になるはずです。


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