秋は、プロ野球の引退のニュースが増えてくる季節です。
今年も、長くチームを支えてきた選手の名前がいくつも並んでいます。
そのニュースを見ると、目を細めて少し感慨深くなります。
私も、20年7ヶ月勤めた会社を、自分で決めて離れたからです。
今日は、その「重ねてしまう理由」を、競技を長く続けてきたアスリートに向けて書いてみます。
目次
❶ 今年の秋、引退のニュースを見るたびに手が止まる
❷ 長くいた場所を離れるのは、自分の一部を置いていくことに近い
❸ たとえば、こんな気持ちが出てくるかもしれません
❹ ざわつきの正体は、「ものさし」がひとつしかなかったこと
❺ 引退の前に、ものさしをもう1本持っておく
❻ 重ねてしまうのは、私も同じような場所に立ったことがあるから
❶ 今年の秋、引退のニュースを見るたびに手が止まる
2026年のプロ野球は、今季限りで引退する選手の発表が続いています。
ベースボールチャンネルの「プロ野球 引退選手一覧 2026」(2026年9月28日更新)を見ると、16人の名前が並んでいました。
西武の栗山巧選手、ソフトバンクの中村晃選手、オリックスの平野佳寿選手、ヤクルトの石川雅規選手。
野球にくわしくない人でも、一度は名前を聞いたことがあるかもしれません。
選手の方がどんな気持ちでいるのか、私には分かりません。
分からないことを、分かったように書くつもりもありません。
ただ、「長くいた場所を離れる」という一点だけは、自分の経験と重なってしまうんです。
アスリートのあなたは、このニュースをどんな気持ちで見ていますか?
「すごいな」と拍手を送った人もいれば、「いつか自分にも来るのか」と、胸の奥が少しざわついた人もいるかもしれません。
❷ 長くいた場所を離れるのは、自分の一部を置いていくことに近い
少しだけ、私の話をさせてください。
私はソフトバンクで20年7ヶ月働き、自分で決めて会社を離れました。
35年以上の会社員人生をふり返ると、2度のリストラも経験しています。
「自分で決めた別れ」と「決められた別れ」、その両方を通ってきました。どちらの形でも、長くいた場所を離れるのは簡単ではない。
両方を通ってきた今、私はそう思っています。
自分で決めたからといって、ざわつかないわけではないんですよね。
アスリートの場合は、もっと深いのではないかと感じています。
子どもの頃から競技を続けてきた人なら、その時間は、私の20年よりも、全然長いかもしれません。
たとえば、小学生のときにボールを握って、それからずっと。
朝起きてから寝るまで、競技のことを考えてきた。
そうやって過ごしてきた人にとって、競技は「やっていること」ではなく、「自分そのもの」に近いのかもしれません。
だから、終わりを考えると不安になる。
それは弱いからではなく、それだけ本気でひとつの場所にいた、ということなのだと私は思っています。
❸ たとえば、こんな気持ちが出てくるかもしれません
ここからは、あくまで「たとえば」の話です。
長く競技を続けてきた人が、引退を考えたとき、もしかしたらこんな気持ちがでるのかも、というのをいくつか書いてみます。
「〇〇チームの選手です」と言えなくなったら、初対面の人に何と自己紹介すればいいんだろう。
毎日顔を合わせていたチームの仲間と、競技の話をしなくなったら、何を話せばいいんだろう。
「まだやれる」と思う日と、「もう十分やった」と思う日が、同じ週の中に両方ある。
どうでしょうか?
どれか一つでも、「あ、それ分かる」と思ったものはありましたか?
こういう気持ちは、長く続けた人ほど出てきやすいのではないか、と私は考えています。
続けた時間が長いほど、その場所での自分の形が、しっかりできあがっているからではないかと思います。
形がしっかりしているのは、いいことです。
ただ、その形が急になくなると、足もとがぐらっとする。
その「ぐらっ」の正体を、次で少し整理してみます。
❹ ざわつきの正体は、「ものさし」がひとつしかなかったこと
会社に長くいると、自分を測るものさしが、だんだん会社のものだけになっていきやすいと思います。
どの部署にいるか。
どんな役職か。
上司からどう評価されているか。
35年以上、会社員として働いてきた中で見てきた、会社の中の評価のされ方の話です。
会社の中にいる間は、それで困ることは少ないかもしれません。
評価のされ方がはっきりしている分、動きやすい面もあります。
困るのは、その場所を離れたときです。
ものさしが一本しかないと、それがなくなった瞬間に、自分の長さを測れなくなってしまう。
競技の世界でいえば、ものさしは成績、ポジション、契約、試合に出られるかどうか、あたりでしょうか。
毎日の練習も、食事も、睡眠も、そのものさしで良い悪いを決めてきたのではないでしょうか。
たとえるなら、何年も同じバットを使ってきた人が、急にバットを置くことになったような感じかもしれません。
手は空いているのに、何を握ればいいのか分からない。
ここで伝えたいのは、それがおかしなことではない、ということです。
ひとつの場所に本気でいた人ほど、ものさしがひとつに絞られていく。
集中してきた結果として、起きやすいことなんだと思います。
「デュアルキャリア」という言葉があります。
競技と、仕事や学びなどを、同時に大事にしていく考え方のことです。
言いかえると、現役のうちから「ものさしを2本持っておく」ということなのかな、と私は受けとめています。
❺ 引退の前に、ものさしをもう1本持っておく
もう1本のものさしといっても、いきなり資格や次の仕事を決める必要はないと思います。
例えば、自分に小さな質問をしてみる。
競技の成績とは関係なく、誰かに「ありがとう」と言われたのは、どんな場面でしたか?
後輩に何かを教えたとき。
ケガをした仲間に声をかけたとき。
遠征の荷物運びを、だまって手伝っていたとき。
成績表には残らないけれど、そこにもあなたの形があります。
もし明日から、競技の話をしてはいけないとしたら、自分のことをどう紹介しますか?
これは、少しむずかしい質問です。
すぐに言葉が出てこなくても、まったくおかしくありません。
出てこないこと自体が、「今はものさしが一本なんだな」と気づくヒントになるかもしれません。
答えは、今日出さなくていいです。
練習の帰り道や、お風呂の中で、ふと思い出したときに考えるくらいがちょうどいいと思います。
引退の準備というと、少し重たく聞こえますよね。
でも、「もう1本のものさしを探しておく」と考えると、少しだけ手が伸ばしやすくなりませんか?
いつ始めても、遅すぎることはないと私は思っています。
❻ 重ねてしまうのは、私も同じような場所に立ったことがあるから
引退のニュースを見るたびに手が止まるのは、たぶん、私も「長くいた場所を離れる側」に立ったことがあるからです。
競技と会社はちがいます。
それでも、ものさしを一本手放すときのぐらつきには、どこか似たところがあると感じています。
今、私はキャリアコンサルタントとして、アスリートのデュアルキャリアとセカンドキャリアの支援をしています。
昨年の7月から、約20名のアスリート、スポーツ関係者の方々とお話をしてきました。
私の役目は、次の仕事を決めてあげることではないと思っています。
アスリートのあなたが競技の中で積み重ねてきたものを、競技の外でも通じる言葉に置きかえていく。
そのとなりで、一緒にもう1本のものさしを探す人でいたいんです。
今年、ユニフォームを脱ぐ選手たちの姿を見ながら、あなたの中にも何か小さな引っかかりが残ったなら。
その引っかかりは、捨てずに持っておいてください。
いつか話したくなったときに、そこから始められるように。

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