引退したアスリートが社会に出てぶつかる壁——『伝え方』を誰も教えてくれなかった理由とは

競技では努力も実績も積み重ねてきたのに、社会に出た途端、急に自信をなくしてしまうアスリートは少なくありません。
今回は、その背景にある「伝え方」の壁と、引退後の不安を小さくするために現役中からできる準備について考えてみようと思います。

目次

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  1. 社会に出て急に自信をなくすのは、“力がないから”ではなく“伝え方を知らないから”かもしれない
  2. いま日本でも、アスリートのキャリア支援は“就職先探し” だけでは足りないと考えられ始めている
  3. 競技の世界では伝わっていたことが、社会では急に伝わらなくなる
  4. 私が支援の現場で感じるのは、アスリートほど “伝わらないこと” で自信を失いやすいということ
  5. 引退前に始めたい、“伝え方” を育てる3つの準備
  6. 競技の先で自分を守るのは、実績そのものだけでなく、“その価値を伝えられる力” なのだと思う

1. 社会に出て急に自信をなくすのは、“力がないから”ではなく“伝え方を知らないから”かもしれない


競技の世界では、努力は見えやすいものです。
どれだけ練習してきたか。
どれだけ悔しさを越えてきたか。
どんな役割を背負ってきたか。
その積み重ねは、仲間や指導者には伝わりやすい。

でも、引退後に社会へ出ると、急に戸惑うことがあります。
頑張ってきたはずなのに、自分の経験がうまく伝わらない。
面接で何を話せばいいのかわからない。
「競技しかしてこなかった」と、自分を小さく感じてしまう。

私は、アスリートのセカンドキャリア支援に関わる中で、このつまずきは珍しいことではないと感じています。

それは、決してアスリートに力がないからではなく、持っている力を社会で伝わる形に変える練習をしてこなかっただけなのだと思うのです。

だからこそ、この記事で最初に伝えたいのは、「伝わらないのは価値がないからではない」ということです。

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2. いま日本でも、アスリートのキャリア支援は“就職先探し” だけでは足りないと考えられ始めている

今、スポーツ庁は、アスリートのキャリア形成は引退後ではなく現役中から考えることが重要だと示しています。

2025年のAthlete Career Challengeでも、競技の枠を超えて未来を考える双方向の機会が重視されました。

2025年のAthlete Career Challenge

sports.go.jp

また、スポーツ庁の委託報告では、トップアスリートほどスポーツ界以外との関係が薄くなりやすく、キャリア教育の環境や情報が不足していることも課題として挙げられています。

スポーツ庁の委託報告

mext.go.jp

つまり今は、「どこに就職するか」だけではなく、
自分の経験をどう言葉にするか
誰に相談できるか
社会とどうつながるか

まで含めて支援が必要だと考えられ始めているのです。


3. 競技の世界では伝わっていたことが、社会では急に伝わらなくなる

競技の世界では、主将を務めたことも、長く競技を続けてきたことも、怪我から戻ってきたことも、まわりがその大変さや価値を理解してくれやすいかもしれません。

けれど社会では、その経験の価値を自分の言葉で説明しないと、相手に十分伝わらないことがあります。

たとえば「主将をしていました」と言っても、それがどんな責任で、何を工夫し、どんな人間関係をまとめてきたのかが言葉にならなければ、相手には見えません。

「競技を続けてきました」も同じです。
年数だけでなく、どんな壁を越え、何を身につけ、何を大切にしてきたのか。

そこまで伝わって初めて、経験が価値として届きます。

私はここに、アスリートが社会に出て最初にぶつかる壁があると思っています。

経験が足りないのではなく、経験の翻訳ができていないのだと感じています。

以下、よく見られるアスリートにとっての「壁」を出してみたいと思います。

壁① 実績はあるのに、“社会の言葉” に変えられない

全国大会出場。
レギュラー獲得。
長年の継続。
主将経験。
怪我からの復帰。
これらは本来、大きな財産です。

でも競技の言葉のままだと、社会では伝わりにくいことがあります。

主将経験は、「多様なメンバーをまとめ、目標に向けて行動した経験」とも言えます。

怪我からの復帰は、「困難な状況でも自分を立て直し、改善を積み重ねた経験」とも言えます。

実績がないのではなく、伝わる形に整っていないだけなのではないでしょうか。

壁② 相談することまで、自分の弱さだと思ってしまう

もう一つ大きいのが、相談の壁です。
スポーツ庁の報告でも、相談できる人が近くにいないと、相談する前に諦めてしまうかもしれないという現場の声が紹介されています.

スポーツ庁の報告

mext.go.jp

アスリートはまじめです。
だからこそ、「わからない」と言うことを、自分の弱さのように感じやすいのかもしれません。
でも本当は、相談することは弱さではありません。
見えていない景色を広げる力です。

私は支援の現場で、話し始めた途端に表情が変わるアスリートを何人か見てきました。
一人で抱えていたときは真っ暗だった未来が、誰かとの対話で少し整理される。
その瞬間に、「自分には何もないわけじゃなかった」と気づくことがあるのです。

壁③ “伝える場面” を経験しないまま、社会に出てしまう

社会では、伝える場面が想像以上に多いです。
自己紹介。
1 on 1面談
報連相。
相談。
会議。
感謝や依頼の言葉。

競技中心の毎日では、こうした場面を経験する機会が少ないかもしれません。
だから最初につまずくのは、性格のせいではなく、単純に経験の差であることが多いのです。

ここを「自分はコミュニケーションが苦手だ」と決めつけてしまうのは、もったいない。
伝え方は、センスだけで決まるものではありません。
準備と練習で少しずつ整えていけるものです。

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4. 私が支援の現場で感じるのは、アスリートほど “伝わらないこと” で自信を失いやすいということ


競技では結果も努力も積み上げてきた。
それなのに、社会ではうまく話せないだけで、自分の価値まで小さく感じてしまう。

でも私は思います。
足りないのは能力ではなく、整理と言葉です。
少し翻訳を手伝うだけで、「それが強みなんですね」と相手に届くことがある。
その瞬間、本人の表情がやわらぐのです。

だから私は、アスリートのキャリア支援は仕事探しだけでは足りないと思っています。
今ある経験を、社会に届く言葉へ整える支援が必要なのだと、強く感じています。


5. 引退前に始めたい、“伝え方” を育てる3つの準備

今からできることはあります。
大きなことでなくて大丈夫です。

一つ目は、競技経験を社会の言葉で書き出してみること。
継続力、自己管理力、調整力、対人対応力。
自分の経験を少し外の言葉で見直してみるだけで、景色は変わります。

二つ目は、信頼できる大人や支援者に、自分の話をしてみること。
自分では当たり前すぎて気づかない強みを、相手が見つけてくれることがあります。

三つ目は、自己紹介や面接のような “伝える練習” を少しだけ始めること。
完璧でなくて大丈夫です。
慣れていないことは、経験すれば少しずつ怖くなくなります。

最初はこの3つで十分です。


6. 競技の先で自分を守るのは、実績そのものだけでなく、“その価値を伝えられる力” なのだと思う

競技に本気で向き合ってきた時間は、それだけで価値があります。
ただ、その価値は、伝わって初めて社会とつながります。

伝え方を学ぶことは、競技を否定することではありません。
競技の価値を、次の人生にも活かしていくための準備です。

もし今、引退後が少し不安なら、
必要なのは、もっとすごい実績ではなく、今ある経験を伝わる形に整えることかもしれません。

私は、そこに希望があると思っています。
競技の先で自分を守るのは、過去の実績だけではなく、
その実績の意味を、自分の言葉で届けられる力なのだと思うのです。

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